東海道中爹兒塗。完歩してみてどうなったん。無事拗れました。
おはこんばんにちわ。
散歩の素人、述べたです。
タイトル通り、2024年4月14日に無事、京都の三条大橋に到着し、4月15日現在、出町柳の喫茶店で一服カマしている最中です。
日本橋を2024年4月1日に出発して、ちょうど2週間かけ完歩しました。東海道とはいえ若干正規ルートを外れてしまった部分もある為、完歩というべきか迷いましたが、まぁ東京~京都間を歩き切ったという意味では変わりありません。大目に見てやってください。この足のボロボロ具合を見てください。皮も捲れ上がり、赤く腫れ上がり、汚なくて見せられたもんじゃありません。
…これじゃ大目に見れませんね。
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挨拶はこれくらいにして、今思う事を淡々と簡潔に小学生にもわかるように書き留めておきたいと考えておりますが、いかんせんひねくれ坊主です。一筋縄ではいきません。こんがらがった糸を解くのには苦労しますし、一度絡まって仕舞えば元に戻そうとしたところで縮れてクセがついたままで悪化するだけです。性根は現状維持が最善策です。対症療法です。お薬だけは出しておきますね。
一つ言えることは新幹線使ってください。移動するなら乗り物を使ってください。間違いありません。
え?そんなことわかりきってるって?一目瞭然だって?
いやいや、そうなんです。えぇ、わかってます。
自分も歩き始める前から知ってました。
ただ実際に歩いたからこそ、自分の言葉には説得力が増したのです。きっとそうに違いありません。身体の痛みも精神的な痛みもお財布の嘆きも身を持って味わったのですから。
それすらも個人の感覚や経済状況で変わりますが、自分の家族や友人にこの旅を薦められるかというと、首を縦には振れないのです。やめとけやめとけ、代わりに俺がやってくるから。誰も歩かねぇか。
断っておきますが、誰かに東海道を歩けと言われた訳ではありません。強制された訳でもありませんから。逃げ出した弱虫クンです。
しかし逃げ出したとは言っても、この旅の道中、誰かの助け無くして進むことすらままなりませんでした。
まず寝泊まりする場所です。屋根があり壁があり、お風呂もトイレもあり、ホテルだけでなくネットカフェも利用しましたがそういったもの全て含めです。目に見えるもので言えばホテルの従業員、清掃の従業員の方々もおりますが、布団のクリーニング業者さんもおれば、アメニティを届けてくれる業者さんもおります。他にも数え切れないほどの人々が見えないところにおりますでしょう。そもそも建築物自体も建てた人がおります。
あとはご飯に飲み物にその他諸々。コンビニからスーパー、ドラッグストア、レストランに喫茶店、利用した全ての店舗にも従業員、仕入れ業者に配送業者、製造業者もおるわけです。元を辿れば農業、漁業、畜産業やら国内のみならず海外もあるわけです。
今夜利用する夜行バスも、バスの運転手にその運転手を配属する管理会社。乗っていくバスの製造には自分の知りもしない部品会社に、バスのご飯であるガソリンの給油、その輸送経路。
そんなこと言い始めたら、高速道路は勿論、歩いてきた道を整備してきた人々、自宅の最寄りまで電車も使うのですから電車から線路まで多岐に渡り過ぎてきっと上げきれません。
さも当然のように着ている上着にtシャツ、靴やパンツやらの服装品はどうでしょう。製造もそうですし、一部では羊さんたちが丸裸になってくれているわけです。
今手に持っているスマホやパソコンも誰かが開発し作っているわけですね。ナビアプリが無ければ、文字通り路頭に迷うわけです。現代においてネットワークが我々を絡め取り、他意はありませんが縛り付けているわけです。
そしてこの旅において、歩き見てきた街を作り上げ整備すること、昔からの街の姿や自然を保存し残してくれている地域の努力も忘れてはなりません。どこまで行っても同じ建物に同じ景色しか続いていないのだとしたら、散歩しようが旅をしようが胸踊らない訳です。
忘れかけていて追加しますが、電気ガス水道という、大好きな電柱や鉄塔たちも関わっているライフラインです。電線から水道・ガス菅、通す作業からエネルギーを作り出す工程もひっくるめて、おんぶに抱っこしてもらってますからね。
今回は幸いにも病院には担ぎ込まれてないわけですが、医療という分野は健康な身体を維持し、健全なお散歩をして生の悦びを味わう上で欠かせません。発展していなければ自分が生存していたのか怪しいものです。いずれはそこらじゅうに死体が転がり、火葬が間に合いません。
燻らせ押し潰してきた煙草も作っていただいているのですから、一吸一吸有り難みが肺に染み渡り黒くシミになっていきます。
そして、つらつらと出まかせに語るこの拙い言葉も、生きていく為の知識や術も、当たり前に動く心臓や脳ミソに筋肉と骨格に関節の機構、自分を構成する60兆個の細胞たちと、共生する100兆個の菌類たち。むかーしむかし、宇宙が爆誕したように、ひいては生命の誕生から多種多様で雑多なご先祖様たちが脈々と受け継いできた膨大な時間が作り上げてきたモノに他なりません。
これを奇跡と言われるとなんだか、偉大なことを成し遂げて人類にも宇宙にも貢献しなきゃならんのか?ってなるんで、生まれたこともこれまでに起こったことも全ての事柄は、偶然てことで片付けたほうが気楽になれます。
ここまで長々と語っておいて、随分と簡単にまとめてくれたではないですか。
冒頭にも述べた通り、端からそのつもりでしたからね。なんてこれもたまたまです。いつだって行き当たりばったり。
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感傷に浸っているわけではありません。
いや、少々浸っているんですがね、現にそういう世界の中で生きているのですねってことです、えぇ。
もし社会に不適合だったとして出て行くというのなら、それは死を意味するのかもしれません。まぁ身体が燃やされるなり埋められるなり喰われるなり分解されても、何かしらは誰かの栄養となり経験となり知識となり、良くも悪くも現生と後世に引き継がれていってしまうので逃れられませんね。生まれ落ちて存在してしまった以上、私も貴方も明るい言葉で例えれば、どうしたって仲間なのです。万歳万歳!めでたしめでたし!ハッピーエンドでエンドロール!この人生という映画に携わってくれた、全ての人、生物、物質、宇宙と神に感謝して!今夜は宴じゃ!
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そうは問屋が卸さない。
綺麗事で片付けてくれるなら、安寧安泰を今すぐポストに投函しておいてくれ。
「1兆円の小切手をくれるだけで良いんです。」
……
「ダメですか。」
……
「じゃあ1億円でどうでしょう。」
これがドア・イン・ザ・フェイスです。心理テクニックですよ、皆さん。心理学科を卒業した私の精一杯の助言です。今になって、勉学の大事さ面白さに気付くのです。もっと真面目にやっておくべきだった。おそいおそい。
口酸っぱく自分に言い聞かせてきた、人間社会を生きていく上で欠かせないアイテムが、“カネ”です。何度コイツに甘やかされ、泣かされ、突き放され、振り回されてきたことか。
でも、私の足りない頭で考える上では、これほどわかりやすく、そして使いやすい方法は思い付きません。何かをしてあげたら対価として貰い、逆に何かをしてもらったら対価として支払う。お気持ちの問題じゃ生活していけませんからね。それじゃ第一次産業者が泣き寝入りじゃないですか。みんなで米を作る他無いじゃないですか。日本の米は世界一。本当にありがとうございます。
つまりは、金を稼ぐ又は使うだけでも良いのです。無職だろうがニートだろうが引きこもりだろうが、その裏での例えば一緒に暮らす家族の思惑だとかは一旦置いておくとして(そこはそれぞれの家庭の事情です。家族が許せば何の問題があるのでしょう)、飯食って寝て排泄してネット使って電気使って、そこには金が流れ出て回っておるのです。そのお金を貰った人は今日も飯にありつけるのですから、生きているだけで誰かの助けになっておりますから。
まぁ上記は一例です。もっと複雑なのもあるでしょうし、給与の多い少ないはいつまで経っても解決しないようにさえ思いますが、そこら辺は前回も申しましたが、民主主義上甘んじて受け入れる他ないのかもしれません。
いつだって主語が大きくなるほど政治的な発言ぽくなったり、争いの火種になったりして嫌です。自分が馬鹿なのは重々承知ですが、もっと阿呆に暮らしていたいのです。木漏れ日の美しさに酔いしれたり、風が心地良くて走り出したくなったり、子どもがはしゃいでるのを見てホッコリしたり。
自分の経験談で言えば、バンドで曲を合わせてecstasy、1人でだって楽器を弾き始めてしまうと止められないecstasy、イラストを描いて完成させた達成感でecstasy、誰かの為に描いたならその人が喜んでくれた気持ちでecstasy、夜中に散歩しながら食う百何十円の惣菜パンの美味さでecstasy、ついでに散歩のお供にエモい音楽聴きながら歩くだけでecstasy、そんなしょうもないことでも幸せを感じられる安い、もといコスパに優れた人間なのです。
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争いや競争が昔っから大嫌いな訳で、他人の強い言葉や口調、行動にもビクビクして泣けてきてしまいそうになることも少なくありません。よわっちぃ。
弱さを知った上で逃げ出してきたのですから、生存本能は上手く作用しています。大事なのはその後です。
若干ではありますが、ちょびっとではありますが、この旅において得られたものとして、自分に取って大事なモノが何か、見つめ直すキッカケになった気がします。そういうことにしておきます。でないとここまで歩き通した私の身体が浮かばれない。頑張ったね、よぉしよぉし。帰ったらまたお散歩しようね。
______。
フラフラと宛もなく彷徨いながら書き連ねていたら、旅の終着点である三条大橋まで戻ってきていました。
自分探しの旅って呼び方はちょっとキザっぽくてで個人的に好きくないので、やっぱり逃避行ってことで締め括ろうと思います。
平常通り、長々と、駄文を失礼致しました。
読んで下さり有り難う御座います。
まだバスの出発時刻まで時間があるので、好きなラーメン屋さんに行って、さっと銭湯でも入ってこようかと思います。
皆様もどうか健やかに、日々をお送り下さい。
ついでにお散歩もして下さい。
再見。adiós。
東海道中爹兒塗。トウカイドウチュウ_ヤニ_マミレ
あーあ。
仕事辞めちまったよ。
どうしようもないな。
こうしてまた一人、無限定に拡がる宇宙空間にシャフテキが生まれ落ちたのであった。
~ 完 ~
……............。
簡単にエンドロールが流れてくれる訳もないのである。
こんなブログを読んでくださった物好きさんだったとしても、路肩のゴミを見つけたとして流石にゴミ箱まで持って行って捨てるなんてことはないように。
「誰かがどうにかしてくれるだろう」と。
この救いようの無い大きな生ゴミを袋に包んで燃えるゴミの日の前日の夜にポイっと放り投げるだけでいいのですが、あぁ、お忙しいですよね、えぇ、知っております、社会の秩序を正しく在るべき方向へ、人類の大いなる繁栄を目指し、つつがなく日々を回す為に、限り有る時間と細胞を擦り減らし、ついでにお気に入りのスニーカーも擦り減らし、ハラスメントなんて横文字を知ってか知らずかぶっかけてくる上司や、ちょっくらメンドウクサイ顧客の対応に追われて夜な夜な発泡酒を片手に壁に拳を打ち込んでいるんですものね。...その部屋借家じゃないですよね?
皆様、本当にお疲れ様で御座います。頭が上がりません。コンドル君も一緒にめり込んでくれているので、地面に頭をめり込ませてきます。
………わぁ、これがマントルかぁ。
マジな話、社員としてどこかの組織に属して仕事するって実に骨の折れる事なのだと、齢30代を目前に立ち竦んでしまったのです。己を律したい。
___。
去年のワテクシは、そろそろ地盤を固めよう、普通の生活ってやつを送るんだ、乗り遅れちゃならないこのアラサーというビックウェーブに!!
などと意気込んで正社員になったのですが、とんだ腰抜けでした。
そそくさと綺麗事を並べ奉り、卒業したのです、のどけき春の日に。
出会いと別れが織りなす美しくも儚い時節に。
嗚呼、こんなことなら初めから皆と並び手を繋ぎ大通りを歩んで、週末には友人や同僚と新橋のガード下で酒を酌み交わし、仕事への不平不満を肴に煙草を燻らせて、まぁ人生ってのはこうやって進むんだ、どうせ皆こんなもんだ、何気ないような顔して生きていくんだって、わかりきってしまっていれば良かったんです。きっと。
それもそれで幸せです。けもの道に分け入った私を、イイなぁとか、お前は人生楽しんでいるよとか、本音か建前か判断しかねるお言葉を頂戴することが多々あるくらいですから、ないものねだりは誰しも止められやしないんです。
人によっちゃあ隣の芝生が青過ぎて除草剤撒き散らしたり、ヤギさんを解き放ったりしてどうにか平静を保とうと、昨今はああでもないこうでもないとくだらない小競り合いを繰り広げては、胸の辺りにポッカリと穴が開いていることにも気付かないのです。壁に穴は開けているのに。
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哲学者ぶっちゃって、なんて思ったそこの貴方。Youです。オミトオシなんですから。
ご名答です。ごめんなさい、僕はムッツリ野郎です。1ポイント差し上げます。
こりゃ甘いぞ、と少し齧っただけの‘’てつがく’’なんてものを振り翳して、解ってやろうと躍起になっている素人です。愚かですね、実に滑稽。笑ってもらえるだけまだマシってもんですよ、へへッ。
笑っていられるのも今のうちなのは重々承知です。
まだ身体は動くし、フットワークも軽くてそよ風にすら乗れます。
ただ未来はどうだ?心だけは少年のオッサンよ。
ドヤ暮らしなら救いはあるのか?公園で寝てたら終わりか?
きっとそんなことはないのかもしれない。強く楽しく生きておられる方をたくさん見ました。実際にお話しもしました。客観的な良し悪しではないのです。
そりゃ綺麗な家に住んで金にも困らず欲しいものは手に入り、家族に看取られ生涯を全うできるならそのほうが良いかもしれません。皆が皆それが叶うなら、きっと理想的な世界、ユートピアというものかもしれません。でも現実はそういう訳にはいかんでしょう。民主主義万歳、玉砕、大喝采。
念の為言っておきますが、left sideとかじゃないです。やや左に反れているのはムスコだけです。
話も逸れました。
結局何が言いたいんだって話ですよね。御託はいいからさっさと犯人教えろってことですか?ネタバレは嫌いですけどね?
今ちょうど1800文字くらいですが、毒にも薬にもならない文章を読んでくださってありがとうございます。
只今絶賛、東海道を徒歩で旅しております。
まぁた阿呆なことやってるよと?そんなことはありません。むしろ昔は当たり前だったんですから。今でさえ沢山の方が歩いておられますし、道中の出会いもありました。
大事なのはその理由でしょう。歴史を巡る旅だとか、観光だとか。
え?私ですか?現実逃避です。さながら夜逃げかの如く、おうちを飛び出してきました。ただそれだけでもありません。
先程も申しましたが、まだ身体は元気です。徹夜に対して若干の苦手意識が顔を覗かせるのを制していましたが、もう隠しきれません。大学生とは違うのです。
しかし過去は過去。引き出しから取り出した思い出は知らぬ間に捏造され、加工に次ぐ加工、原型など留めておりません。いつなんどきも今が一番若い訳で、1秒後には1秒分老いた私が居て、一番若い私も同居している。
なら今でしょう、と。時代遅れとは言わせない。「今でしょう」が時代遅れって(笑)
そういうアンタが生きてるのはどこなんじゃ、未来なのか?
揚げ足など取っても美味しくないです。飽きました。
つまりは、老後に時間と金貰ったってどうしろってんだって言うことです。
九の字に曲がった腰でエベレストに登頂しろってか?
せいぜい公園の砂場で作ったお山が関の山じゃ。
ありあまる体力がある内にさっさとやりたいことやって、さっさとくたばるほうが幸せなんじゃないかいと。まぁくたばるかは運ですが。
後のことなんて気にしてないよぉーだ。とかそんなことないです。
今日まで10日間毎日歩いているわけですが、歩きながらいつだって頭の片隅には、『帰ったらどうしよう...?』『なんの仕事しよう...?』みたいな心配事ばかりで気が気じゃないです。脚の痛みでそういった邪念を消すに至りました。くっそ脚痛い。
変なタイミングでの投稿になっちまいましたが、旅の終わりが近付いてくると安心と寂しさと不安たちも肩を組んで近付いてきます。
どうなるのだろう。無事行脚を終えたのならば、また仕事は探すし、まだ手を付けていない依頼もあるので取り掛からないといけません。当たり前に、社会に溶け込んでいかなければなりません。
正直に言えば、現時点ではまだ、人生っていう旅を続けたい気持ちと続けたくない気持ちが半々です。人生は旅だなんて例えたのは誰なのか。
松尾芭蕉だった。
理解に及ぶには旅を終える他に手段が無い気がするのは、私だけ?
まぁこの辺の話はもっと長くなりそうなんで、気が向いたら書きます。
たぶん書いたら書いたで、少しだとしても誰かに悪い影響を与えるくらいなら、奥底で飼いならしておいたほうが良い気がする。
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ネカフェでカチカチとキーボードを叩いておりました。
明日も早いのに、眠いのに、腹が減って仕方ない。どうしよう、ラーメン頼んじゃおうかな。うーん。とりあえずヤニ吸ってきます。
再見。
時は平等、世は不平等。廻るは目ばかり。
あけまして、アおめでとう、アごゼェます。
音速で過ぎ去った2020年は如何でしたでしょうか。私には光速に感じられる程あっちゅう間の1年で、悪戯に歳を重ねただけのように思われて残念無念又来年。諸行無常の響きあれど海砂利水魚の水行末雲来末風来末、今年もどうせ行雲流水に生きて朽ちてゆく時を待つのみなのでしょう。惨め惨め。こんなことならさっさと退場しておけば良かったと、縁起でも無いことは野暮なこと。酸いも甘いも苦虫でも噛み潰したような顔しながら、襟を立てて足早に腐っていくのがお似合いである。
依然として話題沸騰中の流行病が横行闊歩しており、さらっと緊急事態宣言が出されたか、とまず雀の涙な財布の中身と積み上げる程もない預金残高を確認して空を仰いでいたわけですが、ふと、ブログとは名ばかりの備忘録を始めたのが去年の緊急事態宣言時であったことを思い出しました。やはりおかしい。時が経つのが速すぎる。更新頻度がナメクジ並なのは置いておいて。光速を超えたのか。タイムスリップしたのだと判断すべきなのか。いや、地球ソックリの惑星にワープした?
おやおや、なんと、まぁ、この惑星でもパンデミックですか、奇遇ですなぁ。
……
笑えねぇですわ。
新年早々暗いニュースばっかりなのだとTVを持たぬ私は風の噂とTwitterで知らされ、他人事のように躱して今日も今日とて電車に揺られ仕事に向かうのです。罹患してようが文句は言わせねぇ。グチグチ自粛自粛と言うなら金をくれ。世の中金が全てだろう?愛も金で買えるんだろう?人肌恋しい季節柄、淋しくひもじく電気毛布にくるまって、イルミネーションを横目に舌打ちしようものなら乾燥した唇が切れる。美少女じゃなくて宝くじの当選クジが空から降ってきて欲しいと願うばかりです。
ところで、年末に引っ越したのです。よ。西の方へと。どんどん中心から遠ざかって、逃げていこうと。富士山を越え、南アルプスを越えるのも秒読みといったところでしょうか。おっぱっぴーは遠のくばかり。
新居は前の部屋の倍近くになった面積で、始めはソワソワと手持ち無沙汰に持て余しておりましたが今では少しずつ慣れて、インテリアを凝ってやろうと財布と相談しながら躍起になっております。ラバランプとネオンライトは置くと決めました。二言はありません。観葉植物も育てちゃおうか、だなんて洒落乙な妄想も膨らみ、なんだかんだ楽しんではいます。
モンステラの葉っぱが可愛いんよ。
うん。
まだ生きられそうです。
案外楽観的な思考が半分近くを占めているせいで、浮き沈みが激しいというか情緒不安定というか、絶望と希望が綯い混ぜになってカオスとも言うべきか。多くの人がそんなものなのか、人によってはアルコールでテンションをぶち上げているのかわかりませんが、夜の闇が死を匂わせ、太陽があまねく大地を照らし生を実感させるのか。いつ何時でも煙草の煙は風に流されるばかりで。そんなふうに私は生きたい。
毎度おんなじようなことボヤいてますね。初めの頃のブログも空を見上げて風に吹かれてた。
多くは望まないんですよ。いや、欲は際限無く溢れ出して、金は欲しいわ彼女欲しいわ車欲しいわ止まるわけないですよ。でもその前に今の生活スタイルから抜け出さないと話が始まらんのですよ。色恋沙汰が突如舞い降りたにしても、自信と金の無さで果敢に飛び込むことなんてできず易々と素通りして逃げ出して、ウジウジと一人旅と称した逃避行を始めるのですよ。旅行にもいけねぇしなぁ。都内のラブホを単身で巡ってエセ異国情緒感を味わうのが関の山。でもこれはマジでやってみようと思います。回転するベッド見たくないですか?何処にあるんやろ。
脱線脱線。
少しの収入だろうが在宅で悠々自適に仕事をしたい。目的はそこに向かっているはずです。がんばろ。
いろいろ手段はあるのだろうから。只々自分が無知なだけ。無知が一番怖いのに。世界の真理に近付いたり、社会の摂理を暴いたり、そんなことに比べりゃ生活をするための手段を探すことなんて他愛も無い事なのだろうから。
ぬるま湯に浸かって甘ったれた生き方をしている自分がどうしようもなく嫌いだから、首を絞めて息の根を止めてやりたいくらいには嫌いだから、喝を入れてやることにします。チンタラしてんじゃねぇぞと。性根が腐っちまってんぞと。
ということで、健全なる精神と肉体を手に入れるために年末から筋トレも始めて、新たな気持ちで新年を迎えております。モヤシ野郎がちょっと鍛えると、大して筋肉が付いてきているわけでもないのにバッキバキになってて笑える状態です。今年は海に行ってやろうと思う。ナイスバデェで夏の名脇役を狙う。助演男優賞を頂く。主役より脇役。
今年の抱負なんて大層なもんは無いですが、次の誕生日には自分にホールケーキを買ってあげられているといいなぁ。独りで食うんだろうけど。寂し過ぎる。
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旧年中は並々ならず尋常ではない、もはや異常とも取るべき御厚情、御愛顧を賜り、厚く御礼申し上げます。
皆々様の益々の、常軌を逸してトチ狂った御発展、リビングデッドも顔負けの御健康と持て余して捨てる程の御多幸を心よりお祈りいたします。
今年も何卒、なにとぞとぞ、宜しく御願いします。
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新年の挨拶終わり。
よぉし、適当にいくぞぉ。
今年はこの辺で。
又来年。
賽は投げられた。
アツがナツくてマスクの下ではゼェゼェと息を切らすばかりで、息を整えている間に八月は過ぎ去り、夏の残滓のように右頬にできたデキモノをいじらしくなじるばかりで御座います。ご無沙汰してました、述べた。です。
大分涼しくなりましたね。寒いくらい。
今年が残り何ヶ月とかっていう毎年恒例の呟きを目にし、正体不明の焦燥感とかに駆られて嫌気が差していましたが、自分のしてきた八月滅亡ツイートも大概かと今では反省しております。今年やらなかったのは特に深い意味が無い訳でも無い訳ではないのですが、こうやって人は大人になるんでしょうか。オチエテ
我ながらこの備忘録のことを忘れていて様子を見に来てみると、ろくに更新もしてないのに何処かの誰かさんが見てくれていたようで、何処かの誰かさんが只々心配です。というよりも、コイツだいぶ静かにしてるけど息してんのかってくらいで覗いてくれた心優しい方がいらっしゃったのかしら。ありがとうございます。まだ生きてます。
昨今の生活様式にも慣れ、無意識のうちに外出時にはマスクで顔半分を隠すようになり、気になるあの人のマスクの下が気になってしまうような少しの奥ゆかしさすら感じられるハァいとおかし、とかちゃんちゃら可笑しいわ、斜に構えてないとやってられんわ、見えそうで見えないのがイイのか、ソレはソレでイイのか、エチか、エチなのか。今時マスクを着用していないだけで公然猥褻罪ですか。
はてさて、今年も暮れるということは、そう。
私の誕生日が近い。
というのは本当ですが、別に私じゃなくてもいいのです。ええ。プレゼントお待ちしてます。
また歳を重ねてしまう。昔は楽しみで仕方なかったのに。
三十路手前で死にそうな生き方をして、散々周りにもシヌシヌ詐欺をしているのに、そういう奴に限ってしぶとく生き残るんですかね。世の中上手くいかないわけだ。
逃れ逃れて四半世紀、ぼちぼち人生の岐路などと言っていれば多少の格好はつきますが、端的に言えばもう少し生きるつもりならさっさと今後の見通しを立てろ。と、言い聞かせるまでもなく頭蓋の中ではその事ばかり考えている訳ですが、生きるのってなんでこんなにもめんどくちゃくてチュラいんでしょう。靴底擦り減らして金稼いで食い繋いで、せめても美味いもんで腹を満たすやら、Amazonの欲しいものリストを片っ端から注文して物欲を満たすやら、人間は何処に向かえば大往生を迎えられると思ってんでしょう。
富地位名声家族子ども恋人仕事夢…etc、守るモノがあれば妙な正義感やら使命感で自らを奮い立たせられるのかも知れませんが、生憎小生には未だ分からずじまいですし、明日におっチんじまっても残るのは恥ずかしいハードディスクデータくらいなもんで、実りの無い人生だなぁとろくにない傷口が沁みじみ痛むわけですが。
そしてやはりここで議題に上がるのが、人生の意味というやつです。こいつがまた実に厄介にも程がある。詭弁を弄するならここぞとばかりに口が回る回る。回り過ぎて時間も空間も超越した神の啓治の如く、偉そうに語るは奇声をあげる猿と大差無く、むしろソレ以下か。答えの用意されていない問いにどうして熱く、頭は冴えていくのか。しかし考えてしまう。
自分がちっぽけで砂粒みたいな存在だというのに、さも宇宙の真理を覗き見ているかのような全能感を味わえるお手軽な手段と化しているのではなかろうか。否、痛いだけか。
人生だけでなく話まで逸れては目も当てられない。
考えたんですよ。何の為に生きてるのかって。数十秒。短いって?長さよりも太さだから。
でもって何にも思い浮かばなくなっちゃったんですよ。その時は。なんか夢とかあった気がするのに、そんなもん馬鹿げてるって、馬鹿馬鹿しい問答しながらね。阿呆らし。
そしたらめんどくちゃくてチュラい人生終わらせちゃえばって。ビルから飛び降りるなり、電車に突っ込むなり、縄に首掛けるなり、練炭を焚くなり、睡眠薬ガブ飲みするなり、酒を浴びる程呑んで風呂入るなり、ほぅほぅ、全部嫌や。
ソレなんで?
イヤぁ、痛いのも嫌だし、苦しいのも嫌だし、何より死ぬのが怖いヨォ。
なして死ぬんが怖いんじゃい。
何故でしょう。自分が居なくなるのが怖い?見えて聴こえて触れられた世界が無くなっちゃうのが怖い?何処に逝ってしまうか分からないから怖い?
けんども自分の感じられるモノ以外わからなくない?じゃけん自分が死んだらこの世界って呼んでるモノそのものが認知できなくなるし、宇宙ごとゴッソリ消えちゃわない?
ましてや死んだ後のことなんて世界中探しても知ってる奴がいないんだし、
「すいません、お時間いいですか?ワタクシ命の灯火が消えた先を知りたいのですが」
なんて訊ねようものなら通報されちゃう。
ちょっと少しだけいやだいぶかなり死後の世界には興味があるけれど。
そしたらいっぺん逝ってみヨォ〜。
……
やり残したことあったかもなぁ。やりたいこともあったかもなぁ。なんだっけなぁ。
それはきっとこんなくだらない文章を書いて何処かの誰かさんに読んでもらって、自分の気持ちを伝えたいなんてエゴイズムも含有されてるし、そこにお砂糖、スパイス、素敵なモノいっぱい混ぜて可愛い女の子ができるはずだったのに、間違って劇薬が入っちゃった。
何か残そうだなんて砂粒みたいにちっぽけな人間がおこがましいけれど、ちっぽけ過ぎるから共有して認めてもらいたいのか、我儘が過ぎる。
滅亡までの日数がカウントされていたなら、なんと計画的に無駄無く淀み無く人生を進められたであろうか。今日も八月も今年も暮れるのに、人生の暮れ時が判然としないのはとってもとっても意地悪で悪戯にしても趣味が悪い。ダークマタージョーク。
いつ死ぬかわからないから今日を精一杯後悔しないように生きようなんて綺麗事吐き捨てるぐらいなら舌を噛み切りかねないですが、余命宣告でも受けない限り見当も付かないのが臨終。でもどこか他人事でしかないんですよね、結局は。
____。
あーあ。
毎度おなじみの着地点を決めないまま書き連ねちゃって、落とし所で悩んで投稿できないパターンだよまったく。そんなんだから上手くいかないんじゃい。人生みたいに。
人生の落とし所なんてわからねぇわ。そんなん悩むわ。悶々とするわ。暗澹となるわ。モヤモヤするわ。ムラムラはしねぇわ。うじうじしてんじゃねぇよ、このおたんこなす。さっさと働いて金稼いでこい。こちとら腹が減ってんじゃ。
どうにも腹の虫の居所が悪いみたいです。
とはいえお腹が空いているくらいですから、案外生への執着もあるようですし、暫くは自ら死を選択することもないでしょう。いや、自分の首を自分で絞めるくらいなら誰かの為にこの命を落としたい。だってそのほうがカッコいいでしょ。見てくれやは上面は大事です。
最期まで偽善だろうが綺麗事と言われようが紳士でありたいのです。狡賢く意地汚く生きるくらいなら死んだほうがマシでしょう?そう思いませんこと?
…
此処までが体裁です。ちゃんとメモしましたか?
まぁ死ぬ時は死ぬ。生き物である限りは。それは自ら選択することもできれば強制されることもある。現代は選択の自由も多様性も認められ始めたんですから、自殺を間違いだなんて言う考えももはや古臭いのかもしれません。誤解しないでほしいのは、自殺幇助なんてするつもりは毛頭無いです。そこは自分で勝手に決めやがれ、他人に選択権投げちまうんじゃねぇぞって話ですからあしからず。
この世に生まれ出た瞬間から死へのカウントダウンが始まる。それは神のみぞ知る。人の数だけ道が別れたとしても、向かう運命、終着点は皆一様に同じ。三途の川の対岸でどうせきっとまた一緒になれる、なんて頭の片隅にでも置いて笑っておきましょう。人生なんてその程度のモノかもしれないです。
……
ハァ。
疲れた。
煙草でも吸ってきましょうかね。値上がりしましたがまだまだ吸いますとも。死への加速剤として燃やしますとも。
今日はこの辺で。
又来世。
P.S
全身脱毛に興味が湧いてしまいました。脱毛クリームってどうなんですか?何処かの誰かさん。オチエテ
音楽ってやつをようつべにあっぷろーど。
暑いんだか、肌寒いんだか、梅雨なんだか、夏なんだか、中途半端な季節ですが皆様いかがお過ごしでしょうか。
ご無沙汰しております。述べた。です。
さてこの度、自作の曲をあの大手の中の大手というか、世界を牛耳っている動画サイトヨウチューブにあっぷろーどしてしまいましたんたん。
嗚呼、晒される晒される。
小汚い欲望渦巻く心の声を乗せた歌を女の子に歌わせるなど、極悪非道、悪魔の所業、背徳的な行為に溺れた輩をやむなしと広い心で抱きしめられるようになってしまったのか。
話が逸れる逸れる。
ここぞとばかりにリンクを貼っておきます。
息をするか曲を聴くかで迷ったら、曲を聴いてください。
あられもない裸体を世界に向けて発信するのは、こそばゆいどころの話ではないですが、言わなきゃそれはオナn
動画なんて大層なもんはまだまだ作れませんが、少しずつ勉強していこうと思います。
勿論大切な音楽も勉強しなければなりません。
嗚呼せわしせわし。
感想という名の罵詈雑言はどうか胸の奥にしまって、お世辞でも褒め言葉を。
低評価ドンとこい。
高評価はもっときてほしいけれど、生憎まだまだ未熟者なのでやむなしやむなし。
また何かありましたらここでひけらかしていくつもりですのでご容赦を。
最後に、協力してくれた友人のwakaya君に御礼申し上げます。
又後程。
日常という幻想。
夜風の気持ち良い季節になってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
緊急事態宣言が解除されましたね。世の流れに疎い私でも知っておるのですから、皆様におかれましては周知のことでしょう。
まぁ言わずもがなコロナが収まったわけでもなく生活には引き続き制限があるのでしょうし、ついこの間まで垂れ流していた日々が元通り戻ってくるわけではなく…
などと考えていたのですが、ふとその垂れ流していたはずの日々、『日常』というものは一体全体なんなのだったのかと俯瞰してみるに至りました。
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当たり前に起床して当たり前に電車に乗って当たり前に仕事をして当たり前に帰宅して当たり前に床に就く。
私の場合、たまぁにライブハウスでステージに立っていることもあれば、ごく稀に知り合いと酒を酌み交わすこともあれば、暇さえあれば散歩していることもあるのでした。
それらが一度全て無くなってみて、嗚呼、これもまた日常と言うものかと。季節は巡って繰り返しているかの様に見えて、去年とは別物の時が流れており、関わるヒト、モノ全てが違う表情をしていたなぁと。至極当たり前。
自分自身が細胞レベルで見れば入れ替わっていくのですから、手の届かない森羅万象なぞ想像もつかない程に変貌しているのでしょう。勿論これを読んでくださっている貴方もです。
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先日何の気も無しに高い高い建築物や走り回る鉄の塊や様々な布を着飾った人達を見ていて、人間とはとんでもない世界を創り上げたものだと感心した瞬間がありました。貴様何様だ。
この地球上で我々の文化が脅かされるとすれば、人間同士の果てない争いか、はたまたどこか遠い惑星からエイリアンが攻めてくるくらいなのかと。でもその可能性がゼロと言い切れるわけではなく、絶対が絶対無いとは興味深いものです。明日にはもしかしたら今までの常識という凝り固まった概念を覆す事象が発見されるやも知れません。ついには関係を切りたくなる程のパートナーのイヤぁなとこを今にでも見つけてしまうかも知れません。(パートナーはいません)
さてさて何のお話しをしているのでしょう。
自分でも自分が何を言っているのかわからないくらいにこの世は摩訶不思議です。
しかし今回突如現れたコロナによって世界中が震撼したのですから、与太話法螺話と笑っていられそうにもないですね。
今となってはコレ等が日常。
現実は小説よりも奇なり。
一筋縄ではいかないものです。
とどのつまり、こうして目の前に流れている時が日常というものであって、数ヶ月前まであったはずの日常はこの瞬間の私にとっては非日常なのですね。うん、知ってたはず。
宇宙という広大すぎる世界の何処かにある太陽系の第3惑星地球の日本という島国に産まれ落ち、その中の五感で捉えられる部分だけが私にとっての日常。不変と思いながらも移り変わっていく。なんとも妙ちくりんなモノです。
平凡な日常とはよく言ったものですが、そんなもんは何処にも無かったわけです。置かれた環境に適応していくことで初めて日常と呼べるのでしょうから。まぁしかし、来週までに翼を生やしておけなんてことを言われたら到底無理なことですが。
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貴方にとっての日常とはどういうものでしょうか。きっと私には計り知れない多種多様なオモチロイことやイヤなこと、ドウデモイイことが溢れかえっているでしょう。進んでいくばかりの時間は止めることもできず、ただ流される日もあるでしょう。でもそれは貴方だけが経験できる時間であって、他の誰にも譲れないものです。
喜ぶも良し、怒るも良し、哀しむも良し、楽しむも良し。
ただ昔のことを思い出してそこに縋るのは違うように思うのです。思いを馳せるくらいなら感傷に浸れて気持ちいいですが。
不変に見せかけることはできても、それは不変に見えるように自分で変えていってるのではないかと。うーん、頭がこんがらがってきました。
まぁ流し流されうまく生きろと自分に言い聞かせるためだけに今回の文章を書いているので、皆様に置かれましては適当に流してくだされ。
日常はいつも貴方の目の前にぶら下がっております。
伸るか反るかも貴方次第。
又後程。
アブナイ!ソノ思考、執行猶予ハ付キマセン。
おはようおそようございます。
お久しぶりです。皆様GWも過ぎ去って、サマヴァケ待ちでしょうか。海に行けることを願いながら、上顎下顎唇近辺諸々口内炎が多発して喋ることも食べることも億劫で一段と無口になり始めた、述べた。です。
人と顔を合わせる機会が格段に減り、せめても整えていた見てくれもそれはそれは酷い有様。頬が痩け眼は落ち窪み髭が蔓延しては触れているとクセになる心地で妙な安心感があります。
これはいかんと今時の幼稚園児にすら引けを取るであろうオサレを思い出すためにも眼鏡を新調しました。

丸メガネかわいい。
どうでしょう、もうのび太でしょう。
文豪にはなれませんでした。悲壮感は一丁前に醸し出しています。会うことがあったら笑ってください。
……
はてさて本日のお話。
皆様にはありますでしょうか。
してはいけないことを想像してしまうことって。
誰かと会話している時や、日常で人と関わる時全般なのですが、その相手を例えば、いきなり殴ったらどうなるだろう、とか、駅のホームで前に並んでる人を突き落としたらどうなるだろう、とか。etc。
いや、駄目ですよ。夏場の薄着で下着が透けて見えるほどに一目瞭然明瞭明白に、駄目ですよ。お縄にかかっちゃいますよ?
しかしふと頭をよぎってしまうのです。よぎった後で心臓がバクバクと音をたてることもあります。オソロシヤオソロシヤ。
そんなことをしたい訳もなく、ただただ穏便に暮らしていきたいだけなのに、なんとも物騒なことを考えてしまう。平和主義を掲げて仏の様に生きてきたはずなのに、私が何をしたっていうのですか。有害物質ですか、はいそうです。
調べてもしっくりくる答えは無く、悶々としてきました。心理学を学んでいたのに、他人の心は疎か、自分の心も理解できません。
マジで何か知ってる方いたら教えて欲しい。
同じような現象に陥ってる人いませんかね。
あとあともう一つ思い出しました。
これはたまーになのですが、頭の中で言葉たちが洪水のように押し寄せ早口で捲し立て、目まぐるしく駆け回り、グチャグチャに掻き乱すような状態。カッコよくいえばとてつもない速さで思考が巡っているような、やけに目が冴えて覚醒しているような。
単に恐怖でしかないですが。
このまま脳味噌が物理的に破裂して死ぬのかなって感じです。ほんとに。
思春期過ぎた辺りから上記の症状が出始めたせいで厨二病が加速したのは言うまでもありません。
鎮まれ…鎮まれ…
良い死に様は迎えられそうにもないですね。
最後にまた思い出したので一つ。
寝る時豆電球とか付けて天井が薄暗く見える時に起こるのですが、ずぅーっと天井を見つめてるとグニャグニャと波打ってくるんですよ。いつからか部屋は真っ暗にして寝るようになったので最近は体験していないですが。
これに関しては不思議と嫌な気分にはならなくて、むしろ安心するというか。たぶん寝る直前でまどろんでいたせいですかね。
……
と、ここまで書いては見たものの、今回の文章だけ見たら、危ない人でしかないですね。また会えるようになったら飲みにでも誘ってください。お願いします、なんでもry
部屋にこもる時間が増えると身体的にも精神的にもあまり良いことは無さそうです。皆様くれぐれも健康にはお気をつけて。ご自愛ください。健全なる魂は健全なる精神と健全なる肉体に宿る。
又後程。